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馬場 淳 Baba, Jun (日本学術振興会/東京外国語大学)
私の調査地は、南西太平洋のパプアニューギニアで、首都ポートモレスビーから北へ約800キロに位置するマヌス州の主島マヌス島である。ここはかつてアメリカの文化人類学者マーガレット・ミードが調査した場所として知られている。ミードのいうマヌス族は、厳密にはマヌス島南東部から周辺の島々に広がるチタンという集団を意味し、実際にはマヌスには方言も含めて25近くの言語を母語とする集団が存在しているのである。私はマヌス島北岸中央一帯に居住するクルティ語を話す人々を対象にしている。州都のロレンガウから調査地への交通は、陸路が整備されていないため、コストのかかる船外機付きモーターボートで行くしかない。


私はここにおいて、これまで親族と交換、ジェンダー・セクシュアリティ(家族計画)、植民地主義(法)、開発について研究してきた(業績一覧参照)。とりわけ近年、離別・離婚したシングルペアレント(女性)が扶養費——配偶者の生活費や子どもの養育費の総称——を求める訴訟に焦点を当て、「伝統」と近代(法)のもつれ合いから、現地の家族やジェンダーのあり方を考えている。興味深いのは、法とほとんど無縁に生活が営まれるこの辺境の地にあって、ときに女性たちがその法を現金収入のための「道具」として積極的に利用している点である。
この「シングルと社会」研究では、最近の成果を踏まえ、「パプアニューギニアにおける『シングル』性の出現——日常的生活世界と法の世界を往還する女性たちの事例から」というタイトルのもと、日常的生活世界と法(裁判)の世界を往還する女性たちの実践を具体的に検討し、その上でパプアニューギニアにおける「シングル」性の発現をみてみたい。
ところで研究課題として、「シングル」の発現自体に照準を当てるのには理由がある。というのも、実のところ、単身者の単身性(シングル性)はパプアニューギニアにおいて決して自明なものではないからである。一般的に言って、パプアニューギニアの「伝統的」諸社会では、存在論的な観点からも、生計維持の観点からみても、単身性を想定することは難しい。人は、つねに親族やコミュニティという人間関係の網の目に埋め込まれており、機能主義的に言い方にすぎるが、他者との関係と相互行為の連鎖を拒否することは、とりもなおさず社会経済的な「死」を意味する。他者との濃密な関係と絶えざる相互行為で満たされた日常的生活世界のあり方は、たとえ単身者と呼ばれるような人にあっても、「孤」という状況を生み出さず、単身性の発現をつねに/すでに抑止するのである。未婚の母や「捨てられた」妻たちの生活は、この意味で、先進国のイメージと似て非なるものである。
 以上の点を踏まえれば、個人が他者との関係から切り離された、確固たる独立体として存在する(と認知される)モーメントを捉えることに意義があると思われる。本研究は、裁判の場とプロセスを、そのようなモーメントとして注目する。
 扶養費請求訴訟は、裁判のスタイル(当事者対抗主義)と相即して、むきだしの「シングル」を現出させる。もっとも女性たちの訴訟実践は日常的生活世界と連動している。しかし周囲の意見やアドバイスに後押しされたとはいえ、実際に訴えるかどうか、そしてしかるべき法的手続きを済ませ、法廷に入り、自らの主張をぶつけ、「闘う」のは他ならぬ女性たちなのある。つまり彼女たちは、法の構造的要件としての単身性と向き合わねばならず、そのことゆえに「私一人」という感覚を抱く。彼女たちの体現する単身性は、日常的生活世界の人間関係から一時的に切れ、規範的相互行為の連鎖にのらない「異常」な事態なのであり、いわば現地の「社会的なるもの」に収束しえない明確な輪郭をもった個のあり方(強烈な個性)と不可分なのである。
 こうしたシングル性の発現が、貨幣経済や法制度の導入など、植民地化からはじまるパプアニューギニアの社会経済変化、より抽象的な言い方をすれば「近代」の創出と分かちがたく結びついていることは言うまでもないだろう。

<馬場淳の業績一覧>
2007年 「南海の島の寡婦たち——パプアニューギニア・マヌス島クルティ社会」椎野若菜(編)『やもめぐらし——寡婦の文化人類学』290-313頁、明石書店。
2007年 「パプアニューギニアにおける国家法の人類学序説」『オセアニア学会Newsletter』13-22頁。
2007年 “Colonialism, Gender and Socio-economic Change: A Case Study of Legal Action for Family Maintenance in Papua New Guinea.” Journal of International Economic Studies 21:53-68.
2006年 「想起される“振る舞い”——パプアニューギニア・クルティ社会におけるパラ・ソウエ儀礼の分析」『法社会学65号』34-53頁、有斐閣。
2005年 「妻たちのレトリカル・ワーク——パプアニューギニアにおけるジェンダーと扶養費請求訴訟」法政大学比較経済研究所・原伸子(編)『市場とジェンダー——理論・実証・文化』315-344頁、法政大学出版会。
2005年 「ジェンダー/ローカル・センシティヴな論理とは何か——パプアニューギニアの島嶼に生きる女性の事例」熊谷圭知ほか(編)『ジェンダーの視点から開発の「場所」を考える__開発実践者・研究者のコラボレーションをめざして』(ジェンダー研究のフロンティアF-GENS Publication Series 10)43-58頁。
2005年 「多元的法体制論における民衆の実践の在り処——パプアニューギニアの事例」法人類学勉強会(編)『千葉理論再考——人類学的視点』、8-29頁。
2002年 「シブリングを活かすことと社会変化を生きること__パプアニューギニア・アドミラルティ諸島における婚資の寄贈をめぐって」『社会人類学年報28号』、133-160頁、弘文堂。
2001年 「パプアニューギニアにおける二つの“家族計画”」『南方文化』28号、65-85頁。
2000年 「マヌスにおける家族計画の現状とセクシュアリティ」『日本オセアニア学会Newsletter』66号、15-22頁。


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