フィールドの話/Field Story

魂の介護――北欧型福祉国家と教会奉仕職 (高橋絵里香)
バルタの自転車
 古いものを長く大切に使うフィンランドにおいても、その自転車は年代物の部類に入るだろう。サドルの革がめくれ、全体に塗装が剥げかけている。フィンランド西南部に位置する群島町の教会教区で働くビルギッタによれば、その自転車は最初の持ち主にちなんで「バルタ」と呼ばれているそうだ。その自転車「バルタ」にやってきたのは1940年代のことで、当時のことを町の人々は今も覚えている。この前もビルギッタがこの自転車に乗っていると、通りすがりのお爺さんに「伝説がやってきたぞ!」と声をかけられたそうだ。この自転車と、その最初の持ち主であったバルタのことを、群島町のお年寄り達は懐かしい記憶として留めているのだ。
 伝説となったバルタも、現在の使用者であるビルギッタも、群島町の教会教区に勤務している女性だ。彼女たちは教会の奉仕職、つまりディアコニア活動に従事する人々であるが、その職務は現在も半ば重なりつつ、変容を遂げようとしている。
 バルタやビルギッタの仕事、そして彼女達の自転車が持つ意味合いは、フィンランドにおいて教会が地域で活動することの意義を考えさせるものであるのだ。

フィンランド福音ルーテル派教会
フィンランド福音ルーテル派教会は、9つの監督区と、監督区に束ねられる600近い教区からなる。私が調査を行った群島町には、スウェーデン語とフィンランド語という二つの公用語に基づく二つの 
 それぞれの地域においてディアコニッサが果たした役割は、簡単に言えば救貧とヘルスケアである。救貧には宗教的な義務が伴っており、食料を与える他に、貧しい人々が聖書を手に入れる助けをし、病人や老人に対して聖書を読み上げることも含まれていた。ヘルスケア業務としては病人の訪問介護があり、彼女達は地域の訪問看護婦としての役割を担っていた。冒頭に登場するバルタも、そうして人々を助けるために自転車で群島町を走り回ったディアコニッサの一人だったのである。
ところが、ヘルスケアに携わるディアコニッサの数は1930年代まで増加したが、その後は地方自治体の訪問看護婦によって次第に取って代わられていくこととなる。地域看護の職務が、教会教区のディアコニッサから地方自治体に所属する訪問看護婦へと移行していったことは、教区から地方自治体への業務譲渡を背景とする。訪問看護のニーズが減って行く中で、ディアコニア活動はソーシャルワークに近い任務を開拓していった。
 このように業務の重心が移っていくことで、ソーシャルワークを中心とした資格を取得したディアコニが看護婦の訓練を受けたディアコニッサに代わって増加していく。現在でもディアコニ/ディアコニッサの両方の資格を持つ人々が教区の奉仕活動に従事することが出来るのだが、両者の区別なくまとめてディアコニを呼ばれることが多い。
 このように女性形のディアコニッサではなく中性形のディアコニという呼称が増えていく背景には、ディアコニア活動の脱女性化がある。元々、慈善・博愛活動といった介護に携わる業務は、女性の「天職」であると理解されていた。当時のディアコニア活動に従事するのは、家庭での妻・母としての役割を持たない独身女性に限られていたのである。しかし、ディアコニア活動の内容が看護婦としての役割からソーシャルワーク的な方向へシフトしていったことで、脱独身女性化が進んでいったのだ。近年では、ディアコニ/ディアコニッサは独身女性のための職業ではなくなっている。結婚も可能となり、男性が資格を取得することも増えつつある。
 それでも、現在もディアコニ/ディアコニッサの大多数が女性である。群島町でも、バルタの自転車を所有するビルギッタを初めとする3人の女性がディアコニの職務に就いている。しかも、ビルギッタはディアコニッサとしての資格も保持しており、看護婦としての仕事もいまだに続けられている。だが、これは群島町が時代の変化に対応していないことを意味するものではないのだ。
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現在のディアコニたちの仕事
 さて、以下では現在の群島町での慣習に従い、教会のディアコニア活動に従事する人々をまとめてディアコニと呼ぼう。彼女たちの仕事は、大きく分ければ個人訪問・施設訪問・キャンプの企画運営・組織運営・古道具市の経営となる。
 施設訪問の先は病院や老人ホームといった施設であり、個人訪問の対象は主に高齢者である。施設訪問は、何らかの行事に教会を代表して参加したり、祈りや聖歌の時間を催すといった形を取る。キャンプの企画・運営は、教会が所有する郊外のキャンピングセンターで高齢者、障害者といった人々が集まり数日間を共に過ごすというものだ。年金生活者の会、針の会といったグループの組織はディアコニッサの時代から盛んに行われており、特に針の会は裁縫サークルが地域の婦人達が集う場所となっていた時代からの伝統である。
 ディアコニたちが一番多くの時間を割いているのが、個人訪問である。彼女たちは年間に1200件以上の訪問をこなしており、その約半分はオフィスアワーにディアコニの事務所を訪れた人々への対応である。毎朝8:00-9:00のオフィスアワーに訪れる人々の相談内容は様々であるが、経済的に困窮する人に対しては食料と金銭的な援助が行われ、高齢者に対しては血圧の測定が行われることが多い。その他に、ディアコニの側から必要であれば個人宅の訪問を行う。
つまり、現在の群島町のディアコニたちは、高齢者を初めとして、病人、障害者、失業者といった行政の福祉サービスのターゲットとなる人々に対し、看護とソーシャルケアの両側面を含みこむ仕事を行っているのだ。このようなディアコニたちの多岐にわたる業務には、まず、行政の福祉システムから零れ落ちるイレギュラーな状況を掬い上げるという役割がある。
 フィンランドは、1990年代に大きな不況を経験した。失業率は15%にまで達し、財政削減を目的とした福祉国家の改革が行われた時代に、失業と貧困が増大し、行政の援助のキャパシティを超えた。そこで、行政による福祉がカバーしきれない人々に対するセーフティネットして機能したのが、教会を初めとする非公的セクターだった。群島町のディアコニ事務所が食糧援助・経済援助を開始したのは、この1990年代のことだった。フィンランドが不況から劇的な回復を遂げた現在も、援助は打ち切られることなく継続されている。
 無論、失業者、アルコール中毒者、健康上に問題を抱える人々への対応はソーシャルワークの対象でもあり、群島町でもソーシャルワーカーが雇用されている。フィンランドが不況を乗り越えた現在、理論上は行政が必要とする人々に対して必要な援助を差し伸べるべきである。この点について、ディアコニの一人であるビルギッタは次のように説明した。

 ソーシャルワーカーは法律を守らなくてはいけないし、法律がどのくらいの金額を与えられるかも決めているでしょう。でも、私達にルールはないの。例えばソーシャルワーカーが収入を計算して、あなたには何もあげられないと分かったとするでしょう。そしたら彼らは「ディアコニの所に行ってみなさい」と言うわけよ。

 ディアコニの元を訪れた人々が述べる援助を必要とする理由にディアコニ達が納得すると、経済的支援が与えられる。その人物がずっと病気であった場合、借金をおっているといった場合などは、ソーシャルワーカーの定める基準を満たしていなくても、ディアコニは援助の必要を積極的に認めるのである。また、クリスマスシーズンは普段より多くの食料パックを用意し、クリスマスを迎えるための食料が欲しいと連絡してくる人々に与える。つまり、ディアコニによる経済的援助は、不況を乗り越えた現在も、行政よりもレスポンスが早く、イレギュラーな状況に対応するという機能を担っているのである。
 こうした行政の役割の代替という側面は、ソーシャルワークの補填に限ったことではない。看護関連の職務もまた、町の運営する病院の擁する訪問看護婦の仕事と重なっている。実際に訪問看護を行うことは減りつつあるが、オフィスアワーにディアコニ事務所を訪れて血圧を測って貰うことは、日々の健康管理の一環として町立病院からも推奨されている。複雑な治療はディアコニッサ(看護婦)の資格が許す範囲を超えるために行わないが、人々の抱える疾病、あるいは服用する薬について会話し、必要であればアドバイスを行うことは、決して過小評価してはならない役割であるだろう。
 地域社会における介護福祉に貢献してきたディアコニア活動は、現在では地方自治体の行政によって引き継がれている。けれども、その職務の多様さ、規定の曖昧さは、行政のシステムから零れ落ちた人々を掬い上げる役割を果たしている。彼女たちの活動は行政のスタッフによっても認知され、ビルギッタの言葉を用いるならば「数に入れられて」いる。つまり、現在のディアコニ達は、群島町内部で展開される地域福祉を普遍主義的に完遂する役割を担っているのである。

魂の介護へ
 さて、ディアコニの職務にはもう一つ見逃してはならない重要な側面がある。それは、彼女たちがあくまでも福音ルーテル派教会の被雇用者であるという事実である。前述の食糧援助について、スウェーデン語教区に勤務するディアコニのアストリッドは、ビルギッタとは別の説明を私にしてくれた。アストリッドは、多くても月に一度しか渡さない食物の包みが生計を立てる大きな手助けにはならないと考えている。彼女によれば、食糧援助の目的は別にある。

でも、本当のところは、彼らは食べ物を必要としているわけではないのよ。特に不定期に食べ物を貰いにくる男性たちは大変シャイなので、話をしにきたと言えないから、代わりに食べ物を貰いに来たというのね。

 ディアコニの食料援助の目的について、アストリッドはこのように説明した。食料の包みは一つが7ユーロ、あるいは15ユーロであり、1ヶ月の食事を賄えるものではない。また、高齢者個人宅の訪問も頻度は1人につき月1回が限度であって、積極的な財政援助にはなりえないというのが彼女の意見である。それでも、食糧援助は独居生活者の孤独を解消するささやかな役割を果たしている。実際、ディアコニの訪問先を決定する大きな要因がこの「孤独」である。以下は、フィールドノートからの引用である。

 冬のある朝、ディアコニの事務所へ出向くと、先客の老女性が話をしていた。彼女は普段は近隣のさらに海寄りの自治体であるN町に暮らしているが、冬の期間だけは群島町の高層住宅に滞在する。ところが、以前はさらに遠方の島に住んでいた所為もあって、町に親戚・知り合いは誰もいない。
その日、初めて教会執事の事務所を訪れた彼女の目的は、事務所においてある測定器で血圧を測ることだったのだが、結局その要求は最後まで口にされず、最後までお喋りだけをして帰っていった。最後にディアコニのビルギッタが、「あなたは孤独ですか?」と尋ねると、彼女ははっきりイエスと答えた。そこで、彼女の高層住宅の一室を、ディアコニの訪問先に加えることが決定したのである。
 老女性が事務所を立ち去ってから、ビルギッタは「血圧を測ることはメインの目的ではなくて、それはきっかけに過ぎないのよ」と語った。

 このような目的の訪問を、ディアコニ達は「魂の介護」(sielunhoito/själavård:fi/sw)と呼ぶ。例えば、町で誰かが亡くなったという話を聞けば、ビルギッタはその親族に電話をかけて訪問の必要があるかどうかを尋ねる。そこで肯定の返事が返ってくれば、彼女は出かけていって親族と1、2時間を共に過ごす。彼女自身が多くを話すわけではなく、むしろ相手の話を聞くことが主な目的である。時には何もかける言葉が見つからないこともあるが、重要なのはその人物の悲しみを誰かが分かち合うことだと彼女は説明する。それは、直接的に祈りや説教といった宗教的行為と繋がるとは限らない。ディアコニア活動は援助対象者の信仰や行いの善悪を問わずに助けの手を差し伸べることを玉条としており、相手をクリスチャンにすることが目的の宣教とは異なるからである。
むしろ、話を聞くことで悲しみを分かち合う・孤独な人を訪ねるという「魂の介護」の内容は、人々の社会関係から生じる問題群への接近の試みとして理解できるだろう。孤独、喪失、親族との揉め事といった人々の相談する事柄は、人間同士の関係性の中にしか生じ得ないためである。ディアコニが分かち合おうとする人々の重荷、すなわち老人達の「孤独」もまた、フィンランドにおける老後の生活の形や、老いそのものの理解と密接に結びついている。例えば、「孤独である」と答えた老女性が見知らぬ町で独居する理由は、群島町周辺の地理的事情や、子世代と同居することの少ない居住形態とも関連しているのである。
 フィンランドのルーテル派教会が行ってきたディアコニア活動は、国家が福祉の主なアクターとして登場する以前から地域福祉へ貢献してきた。福祉国家の成立以後は、身体介護の主な担当を国家へ譲り渡しつつ、セーフティネットとしての機能と心のケアを受け持つことで分業を行ってきた。ディアコニ/ディアコニッサたちの活動は、そうした国家と教会の分業の歴史的変遷を反映している。
 このような魂と身体という二つの次元を分担する分業は、現在ではより曖昧になっている。何故なら、近年では身体介護からはみ出るような部分までもが、行政福祉の対象領域となり始めているためである。だが、それでもなお、群島町の人々はディアコニに救いを求め、ディアコニたちは自転車で走り回る。その意味で、バルタに代表されるディアコニア活動の伝統は、福祉国家の体制下にある今もなお、群島町に受け継がれているのである。
*『通信』122号掲載予定。
テスト wrote:
03/23 18:56:18
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