フィールドの話/Field Story

偉(巨)大な医師 (細谷幸子)
2007年3月、イラン・イスラーム共和国のNGO活動と福祉に関する調査の一環として,イラン東南部に位置する都市,バムを訪れました。人口8万人のバムを大地震が襲ったのは,2003年12月26日未明のことでした。人口の三分の一以上の死亡者を出した震災から,約三年。道路や建物が整備され,見た目は復興が進んだように見えます。しかし、震災の傷は,人々の心と生活に,深く刻まれたまま残っています。
 震災で,瓦礫や家具の下敷きになって,脊髄を損傷し,車椅子生活を送ることになった人も少なくありません。バムのような地方の小さな都市に,専門的な治療が受けられる病院はありません。テヘランの専門病院を受診するための費用が負担できるのは,ほんの一部の豊かな人だけです。
 私の滞在期間中に,専門医のチームがテヘランから来て,バム市内のホテルのサロンで脊損者の診察をおこなうという大きな出来事がありました。バムから出ることのできない脊損者たちのために,一人の女性慈善家が,専門医のチームをバムに呼ぼうと計画し,長い交渉の末、やっと実現したのだということでした。ホテルには,朝から,バム市内だけでなく,近隣の町や農村部からやってきた250人近い車椅子の患者と家族が集まり,診察を受け,手術や治療の必要がある患者は,その予定を入れて帰っていきました。医師は脊髄の神経再生医療をおこなう外科医だということでしたが,この医師の手術がどのような効果をうむのか,私にはわかりません。また,患者の中には,すでに神経の再生は不可能な状態にあるという,希望の持てない診断を受けた人もいました。
 しかし,この医師のチームがテヘランからはるばるやってきて,最後の一人まで診察をして帰ったということだけでも,バムの脊損者たちにとっては,本当に喜ばしいことだったようです。普段見るのんびりしたイラン人の働き方からすると,医師たちのスケジュールは驚くようなものでした。朝6時15分テヘラン発の飛行機でバムに来て,8時半に到着したホテルで軽い朝食を食べ,診察を始めたのが、朝の9時。それから15時過ぎまで診察を続け,昼食と休憩とミーティングを挟んで,18時から21時まで診察した後,夕食の1時間の休憩だけで,結局,朝の3時半まで患者の診察を続けたというのに,朝7時にはきっちり朝食を済ませて,バム地震で亡くなった方々のためにと共同墓地に参ってから,8時半の飛行機でテヘランに帰ったのでした。
 診察に来た専門医は,身体の大きな男性でした。車椅子の患者たちは,「あの先生の身長は3m20cmある」と言っていました。写真は,空港で医師(中央の男性)を迎える脊損者たちの姿です。実際の身長は1m90cmくらいでしょうか。豪華な食事や出迎えの花束などはいらないから,一人でも多くの患者を診ようと言ったこの医師の淡々とした態度が,彼の身体を大きく見せていたのかもしれません。
*『通信』121号にも掲載。

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