活動記録/Activities

第3回研究会
日時 2007年 10月21日 13:00〜18:00 
場所 東京外国語大学 本郷サテライト7階

発表者1 細谷幸子さん(東京大学大学院)
題目   「シングル」の射程をどうとらえるのか?―イランの「離婚訴訟中の女性」
      と日本の「精神障害者」の事例から

発表者2 高橋絵里香さん(東京大学大学院)
題目   「自立のストラテジー―「在宅」をめぐるフィンランドの独居老人と
      ホームヘルパーのインタラクション」

【発表要旨】

「シングル」の射程をどうとらえるのか?−イランの「離婚訴訟中の女性」
  と日本の「精神障害者」の事例から

                           細谷幸子


 本発表では、私がこれまで①看護師としての経験の中で、②イラン地域研究としての現地調査の中で関わってきた、二つの事例を提示することを主目的とした。
 まず一つ目に、発表者が看護師として関わることの多かった日本の「精神障害者」の発病期・入院中・退院後の社会生活の状況を、具体的な事例から紹介した。日本には、精神疾患により入院、または外来治療を受けている人が約258万人いるとされる。このうち、入院している患者の7万人が、「社会的入院者」と呼ばれる人たちである。「社会的入院者」とは、病状が安定し、医療施設に入院して治療を受ける必要はないが、受け入れ先がないため退院ができず、長期入院しなければならない状況にある人々のことを指す。
 現在、日本では、こうした「社会的入院」を減らし、精神障害者の早期退院と社会復帰が推進されている。しかし、入院が長期化(10年、20年という長期にわたる入院者も少なくない)している精神障害者やアルコール依存症者の中には、独身者であるだけでなく、血縁者や地域社会との接点を失っている人も少なくない。
二つ目に、発表者がイラン地域研究の調査の一貫として関わった、離婚訴訟中のイラン人女性たちの生活に関する事例の紹介をおこなった。イランにおいて、離婚はイスラーム法に基づいた家族法によって規定される。「離婚」とは「婚姻契約の解消」を意味し、忌避されるべきことだとされるが、禁止されてはいない。しかし、夫婦のどちらが離婚を望むかによって、離婚成立の方法・条件が異なる。
離婚女性は社会的にも経済的にも困難な状況に置かれる。しかし、離婚が成立してしまえば、「離婚した女性」として新たに他の男性と結婚することが可能になる。これに対し、離婚訴訟が長期にわたった場合、訴訟期間中の女性は、離婚が成立するまでの数年間、「離婚した女性」でも「結婚した女性」でもない立場に置かれることになる。この間、女性は夫とは別居し、経済的な基盤を失うにもかかわらず、夫以外の男性と再婚することも、親密な関係になることもできない。
以上の二つの例で発表者が示したかったのは、二つの事例が、広く「シングル」という概念でとらえることができるかどうかという問題であった。研究会では、事例の前提となる諸概念が明確に定義できていない点と共に、発表者が無意識に「家族」から離れた者を「シングル」と考えている点が指摘された。

自立のストラテジー
  「在宅」をめぐるフィンランドの独居老人とホームヘルパーのインタラクション

                         高橋絵里香


 現代社会において「シングル」という生活形態に注目が集まる背景には、「自由な個人」、すなわち近代的個人というパラダイムが存在する。そして、人類学におけるこれまでのパーソンフッドをめぐる議論は、「未開」社会のなかに異なる種類の「人格」を発見する傾向にあり、それは西欧的なパーソンフッドとしての「近代的個人」の概念を相対化するものとされてきた。近代的個人の背景にある自立の概念は、対概念の依存と共に歴史的な変遷を遂げてきており、身体的・経済的・自己決定としての自立は現代では混在した状態にある。
 北欧型福祉国家では、脱施設化が1980年代以降の主要な政策となってきた。高齢者と障害者は自宅での援助を受けられるべきであり、このサービスは地方自治体によって供給されるべきだとされた。そこで、フィンランドの高齢者福祉は在宅介護を主力サービスとして、独居高齢者達の「自立」を支えている。ホームヘルパー達は家事とプライマリケアを行う他に、高齢者を楽しませ、コミュニケーションを図ろうとしている。しかし、ホームヘルパー達は高齢者によってなされる幾つかの種類の選択には介入を行わない。例えば、高齢者は自身の部屋を汚いままにしておくことができる一方で、過度の飲酒や喫煙はヘルパー達によってコントロールされる。
 こうした職務の介入/不介入という分担は、危険性の認識に基づいている。高齢者達が経験する身体的な危険はホームヘルパー達の介入を正当化するのである。すなわち、徘徊や転倒といった高齢者達が経験する身体的な危険はホームヘルパー達の介入を正当化し、彼らを施設へと移転させる契機としてシステムの中に組み入れられている。その一方で、そうした介入の機会は、高齢者達の側から能動的な働きかけを行う契機ともなっているのである。そこには完全に自分自身の力で自宅に留まる状態から、24時間の支援を受けながら施設に暮らす状態へのゆっくりとした移行がある。
 実際、自立と依存は明確に分離することの出来る概念ではない。ホームヘルパー達と高齢者は介入と不介入の境界において相互に交渉する。この揺れ動く境界こそが、自立状態が実際に構築される点なのである。自立の戦略は、経済・身体・自己決定という相互に連関する自立のセットを基礎として築かれる。この戦略を視野に入れることは、西欧と非西欧の二項対立を乗り越え、普遍的な概念としてのパーソンフッドのバリエーションとしての「近代的個人」の様態について再考するための出発点となるのである。

● コメントがありません。
このアイテムは閉鎖されました。このアイテムへのコメントの追加、投票はできません。
Page Top

Global Navigation

AACoRE > Projects > シングルと社会
ILCAA