活動記録/Activities

第12回研究会 
第12回研究会
日時 2009年7月5日  13:00~18:00
場所 東京外国語大学 本郷サテライト 7F 会議室 

1.ソフト本についての編集打ち合わせ(椎野若菜)
2.発表者1 田所聖志(東京大学)
「ひとり」を手掛かりとした「シングル」現象の研究へ向けて――「家族」という語のないパプアニューギニア、テワーダ社会の独身者の事例から

  発表者2 熊田陽子(お茶の水女子大学大学院)
「シングル」の視点から「おんなのこ」を考える――SMクラブにおける事例から

→発表要旨 クリックしてください!

【要旨1】
「ひとり」を手掛かりとした「シングル」現象の研究へ向けて――「家族」という語のないパプアニューギニア、テワーダ社会の独身者の事例から

田所聖志(東京大学特任研究員)


 本発表では、パプアニューギニアのテワーダ社会における男女の独身者の事例をもとに、どの社会にもあるはずの、「ひとり」と表現しうる外在的・内在的状況を基軸として「シングル」を定義することにより、この概念のもつ意味を広げることを目標とした研究構想を発表した。
 昨年7月の研究会での発表では、テワーダ社会における男女の独身者の事例を紹介し、ニューギニアの文脈における「シングル」の位置づけについての問題提起を行った。この発表で述べたのは、「ひとり」という言葉を手掛かりとすることによって、結婚と切り離した形で「シングル」という概念を捉え直すことが可能ではないかということであった。
 発表の際の質疑応答では、「ひとり」という言葉を手掛かりにする際、個人の内面的な側面にもせまる必要があるとのコメントが多く寄せられた。この点を念頭に2008年9月に現地調査を実施したところ、十分に深みのある意見交換をインフォーマントの友人たちと交わすことはできなかったものの、示唆をえた点もあった。
 今回の発表では、これまでに集めたテワーダ社会における独身男女の事例や、ニューギニア民族誌における「ひとり」についての記述を念頭に置いて、「ひとり」という言葉を手掛かりとした「シングル」の概念化と現象の記述・描写を試みるために、どのような研究構想を考えているのかを話した。要点は次のとおりである。
 「ひとり」という言葉から「シングル」について考えるのであれば、「シングル」を考えるとき、外在的状況と同時に、精神的な内面の状況について考える必要もある。だとしたら、「シングルでいること」「ひとりでいること」を、文字通り、自活して結婚していないと見るだけでは不十分である。注意を払って見なければいけないのは、結婚した両親が経験していない状況に直面しているなかで、自分を見つける方法について、対象とする社会や当事者がいだく観念の意味について考えることである。こうした点に関心を寄せることによって、人の内面の状況を考える視点から、「シングル」現象を描くことが可能ではないか。また、そうすることによって、結婚を基軸とした観念の上に「シングル」が存在するのではなく、個人の内面も考慮に入れた視点があり得ることを指摘できるのではないだろうか。

【要旨2】
「シングル」の視点から「おんなのこ」を考える――SMクラブにおける事例から
熊田陽子(お茶の水女子大学大学院)


 本発表では、東京都内にある「無店舗型」SMクラブ(X店)における調査成果に依拠して、X店で働く女性たち(「おんなのこ」)について、「シングル」をキーワードに、2つの観点から検討を行った。
 発表前半では、離婚した状態、独身であること、親からの金銭的サポートがない状態のことを「シングル」として定義し、「おんなのこ」と「シングル」という問題について考えた。シングル・マザーである「おんなのこ」にとって、性労働は、自分が生活するだけでなく、子育てという責任を果たすために必要不可欠な経済的基盤として存在する。従って、彼女たちは、他の性風俗店と掛け持ちを行ってでも、安定した収入を確保しようとする傾向が強い。他方、X店では、独身であり、さらに性労働とは別の「本業」を持っている「おんなのこ」も多い。彼女たちにとって、X店は、「本業」だけでは得ることのできない「豊かな」生活を送るための収入を獲得するツールとして認識されている。すなわち、全ての「おんなのこ」にとって、たとえ趣味をかねていてもX店に在籍する理由は経済的なものであるという共通点はあるが、そこで得る収入が持つ意味は、「おんなのこ」が「シングル」であることの内実(母親であるか、独身であるか)によって変化するのである。
 発表の後半では、シングルを、「単独で在ること」として定義し、具体的なX店における事例から「シングル」という問題を検討した。「おんなのこ」は、仕事をする上で不可欠となる様々な知識を、仕事を行うなかで獲得していく。こうした知識の集積は、自分だけが持ついわば「資源」となる。その「資源」には、客をカテゴリー化する知識、カテゴリーに応じた対応の知識、自分の身体の安全と健康を守る知識などが含まれる。これらは、一見、彼女が「シングル」として得た資源であるかのように見える。しかし、そのような、「私だけの」やり方や資源は、結果的に「私だけの」ものとなっているが、それが作られる・得られる過程には、客という他者が含まれているため、完全に「シングル」での行為とは言い切れない。また、X店には、文字通り、「シングル」ではなく、他の「おんなのこ」との共同作業であるサービス(3P)も存在する。更に、サービスの現場に向かう時は一人(「シングル」)であっても、より広い時間幅を取って考えてみれば、「おんなのこ」は、X店という店を共同で動かし、維持しているとも考えられる。この過程には、他の「おんなのこ」との情報交換や、知識の伝達・伝授が含まれる。
 以上の議論を踏まえ、本発表では、「おんなのこ」の社会的な立場を見れば、「シングル」で生きる女性にとっての性労働の意味を主張することができるが、その彼女が、具体的にX店においてどう成り立っているのかというミクロな文脈に目を向けてみると、「シングル」という視点では捉えきれない側面が多く存在すると結論付けた。
 これまでの一部の性労働研究では、【(女性)性労働者v.s.(男性)客】あるいは【(女性)性労働者v.s.(男性)経営者】という図式を前提に、性労働者を搾取された存在として扱うことが多かった。つまり、性労働の現場のおける客とのつながりや、他の性労働者とのつながりに目を向けることが少ないこうした研究は、性労働者を「シングル」という枠の中でしか捉えてこなかったといえる。今後は、「シングル」とは何か、という問題を批判的に検討することで、性労働者のあり方を新たな角度から分析することが可能になると考える。

● コメントがありません。
このアイテムは閉鎖されました。このアイテムへのコメントの追加、投票はできません。
Page Top

Global Navigation

AACoRE > Projects > シングルと社会
ILCAA