活動記録/Activities

第8回研究会
日時 2008年10月11日(土) 13:00~18:00
場所 東京外国語大学 本郷サテライト 7階

発表者1 妙木 忍さん(東京大学大学院人文社会系研究科博士課程(社会学))
戦後「主婦論争」におけるシングル女性――「負け犬」論争への連続性と断絶――

発表者2 作道信介さん(弘前大学人文学部)
 ホールド(hold)としての出稼ぎ:青森県津軽地域A集落の生活史調査から


【発表要旨1】
戦後「主婦論争」におけるシングル女性――「負け犬」論争への連続性と断絶――
             妙木 忍さん(東京大学大学院人文社会系研究科博士課程(社会学))


 本発表では、戦後6次にわたって繰り返された女性の立場や身分をめぐる論争(「主婦論争」)を素材として、日本人(の女性)にとって独身とは何かを考えてみたい。とくに女性の、婚姻上の地位やライフコース選択の相違がもたらす論点に着目し、シングル女性を社会や女性自らがどのように位置付けてきたかについても併せて考察する。分析対象は6次にわたる主婦論争(言説資料1,279件)とし、分析方法は言説分析を採用する。
 第1次主婦論争 (主婦の職場進出をめぐる論争、1955-1959)、第2次主婦論争(家事労働の経済的評価をめぐる論争、1960-1961)、第3次主婦論争(主婦の立場の正当性をめぐる論争、1972)が、女性の主婦化が進行するさなかに繰り広げられたのに対し、1980年代以降の論争(アグネス論争1987-1988、専業主婦論争1998-2002、「負け犬」論争2003-2005)は、女性のライフコースが多様化し始めた時代の論争である。子連れ出勤の是非が論点となったアグネス論争が、働く母親の増加を背景 にした広義の「(働く)主婦論争」であることや、30代・未婚・子なしの女性を「負け犬」と呼んだことに起因する「負け犬」論争において、キャリア未婚女性と無職既婚女性が比較される傾向にあったことを踏まえるなら、1980年代以後の論争も、第4次・第5次・第6次主婦論争として位置付けることができる。
 この観点から主婦をめぐる言説を通時的に分析すると、二つの断絶が見出せる。第一の断絶は、第1次・第2次・第3次主婦論争と、第4次・第5次・第6次主婦論争の間にあり、女性の主婦化の完成と分解が生じた1975年以前/以降と、歴史的に対応している。主婦になることが自明とされた時代の論争では、未婚女性もやがて既婚に移行することが前提とされ、既婚女性内部が争点となった。以後の論争では準拠枠が変化した。第二の断絶は、第1次・第2次・第3次・第4次・第5次主婦論争と、第6次主婦論争の間にあり、争点となる規範に変化が生じた。前者においては、性役割規範が女性を分断する争点となっていたが、後者においては、それが争点から脱落し、その代わり婚姻や出産というライフコース規範が新たな争点に浮上した。この現象は、婚姻や出産が自明視された上で、性役割規範が女性を分断した長い時代の終焉を予見させるとともに、第6次主婦論争以降、婚姻や出産が自明視されなくなった(その代わり婚姻や出産というライフイベントそのものが新たな規範として機能し始めた)ことを物語る。一方で、このような傾向とは異なり、シングル女性の言説からは、彼女たちが主婦を準拠枠に選択していないことが読み取れる。主婦は準拠枠から遠ざかったが、言説上いまだにライフコース規範は残っている。このずれも含め、現代日本のシングル女性についてさらに考察を深めたい。したがって本発表では、戦後「主婦論争」を通時的に概観した上で、特に第二の断絶以降に照準を合わせたい。

【発表要旨2】
ホールド(hold)としての出稼ぎ:青森県津軽地域A集落の生活史調査から
                            作道 信介さん(弘前大学) 


 1.出稼ぎ王国とベースライン化

青森県、とくに青森・弘前・黒石・五所川原の4市をかかえる津軽地域は明治期から多くの出稼ぎ者を送り出してきた。出稼ぎが激化したのは高度経済成長期である。昭和49年に出稼ぎ者数全国一の「出稼ぎ王国」となって以来、その座はゆるがない。その特徴は出稼ぎ者数の減少が他県と比較してゆるやかだったことにある。高度経済成長を境に、全国的には出稼ぎ者数が減少したにもかかわらず、青森県は出稼ぎという稼動形態を長期にわたって維持してきた。青森県津軽地方は全国的にまれな出稼ぎ長期残存地域である。
 しかも、出稼ぎが長期間、稼動水路として確立したため、出稼ぎの生活への組み込みが当然のように起こっている。作道(2008c)は当地域を職掌する児童相談所の記録から、出稼ぎが経済的動機とは別に稼動者の生活世界に位置づけられている実態を示した。私は、出稼ぎがそのときどきの生計の手段として用いられているだけではなく、人生の将来設計において頼りにされたり、危機における頼みの綱と考えられていることを「出稼ぎのベースライン化」とよんだ。
就労経路としては、同じ稼動先に反復して通う継続就労と見知った人間関係を介した縁故就労が一般的といえる。出稼ぎ者数と職安経由率の低さ、縁故就労と継続就労の占有を考え合わせると、現在も稼動する約1万人(平成16年度、11602人)の出稼ぎ者の多くが、見知った人間関係を介して、なじみの現場で働いていると推測される。
ところで、縁故就労と出稼ぎのベースライン化は密接に関連している。縁故就労が主要な就労経路であることは、通常出稼ぎに出ない者が緊急時に出稼ぎに出ようとする場合、身近に就労経路が存在し、比較的容易に稼動先を見つけることができることを意味する。

 2.プッシュ=プルではなく
これまで、出稼ぎは労働力の移動の問題として、おもに労働力供給側(農村)と需要側(都市)の経済的分析がなされてきた(大川、1978;渡辺・羽田、1987)。このプッシュ・プルの枠組みでは、都市と農村といった需要側と供給側が明確に区別され、その間を出稼ぎ労働者が経済状態の高低差を流れることが前提とされる。そこでの出稼ぎ者は経済的動機をもつ労働力としての個人であるという意味で、労働力=個人主義的な枠組みである。しかし、ほとんどが縁故就労で長年通い慣れた稼動先へいく当地域の出稼ぎ者については別の視点も必要である。
出稼ぎは一時的な移住(migration)ととらえると、移民、移住、難民などの広い研究文脈におくことができる。近年の研究は就労経路や職場の人間関係、母村との関連といった質的側面に着目している(石井、1993;松田、1996;Ferguson,J. 1999)。以上の研究動向は、移住者は移住前の生活と切断されるのではなく、むしろ郷里や母村とのネットワークや文化的連続性のなかで稼動していたこと、これまでもっぱら経済的動機から理解されてきた移住者の生活実践を資本主義に抗して人間的尊厳を守る努力や近代に抗する抵抗の戦略として再評価したところにある。すなわち、地元との社会的・文化的連続性の強調と近代化に抗する戦略としての生活実践の再評価とまとめることができよう。これらはプッシュ・プルから抜け落ちた生活者としての稼動者の現実に焦点を当てている。
プッシュ・プルの枠組みは出稼ぎという窓から高度経済成長期に露呈した日本資本主義の矛盾を明らかにした。しかし、ピーク時から40年以上を経てベースライン化した津軽地域の出稼ぎに適用すると、出稼ぎが地元での生活との連続性や人間関係のなかでおこなわれ、暮らしに組み込まれていったという長期に持続的な側面が把握しにくい。先の研究動向にならえば、このような稼動形態は、出稼ぎを生活や人生設計にとりこみ地元での生活を維持するという点で、グローバルな社会・経済変動(プッシュ・プル)へのローカルな対応としてとらえることが適切である。

 3.A集落の生活史調査
本発表では青森県津軽地域のA集落での生活史調査をもとに、当地域において形成された出稼ぎを組み込んだ暮らしの様態を報告し、その組み込みによって出稼ぎが「地域を形成しそこに人を引き留め置く力」(ホールド,hold)として機能した可能性を示した。本論に登場する出稼ぎ者は戦前の出稼ぎから復興期・高度経済成長期をつうじて、出稼ぎでの不在をはさみながらも地域で暮らし続けてきた。津軽の出稼ぎは見知った仲間たちとなじみの稼動先へいく縁故就労が主である。そこにはプッシュ・プル要因によって翻弄されるだけではなく、稼動に際して形成される同郷者の人間関係のなかで、稼動先、稼動時期を決定し、将来を展望する彼らの姿を見ることができた。

 4.ホールド(hold)としての出稼ぎ
山下(2008)は人口動態を検討して、昭和一桁世代の流出の抑制が青森県の過疎化のスピードを緩めていたと指摘した。これは戦後復興期・経済成長期を支えた世代が出稼ぎを組み込んだ暮らしを営むことで結果として人口流出が抑制されたという仮説を示唆する。換言すると、出稼ぎのベースライン化は地元に十分な生業基盤のない人びとを地元にひきとめるように、すなわち人口プールの比喩をもちいれば、出稼ぎがプールの流出を防ぐ防波堤として機能した可能性である。これまで、出稼ぎは過疎の前駆症状としてとらえられてきた。しかし、出稼ぎも地元の人間関係をとおした縁故就労による限りは、季節的な不在はあるものの、人びとを地元に留め置く力を発揮する。私はこれを「人びとを地元に留め置く力(ホールド、hold)」(作道、2008a)が発生したとよびたい。ホールドはプッシュ・プルの近代化の諸力に対して、津軽の人びとが縁故就労による出稼ぎを生活に組み込み地元での暮らしを守った結果、生じたプッシュ・プルに抗する力である。しかし、それは抵抗というよりは、そこにあるものを実際的に利用し生活を営む、等身大の努力とみなすのがふさわしい。この力の発生は、本論で示した縁故的人間関係、出稼ぎの生活への組み込みによって、ローカリティ(locality:地域性)<注> が形成された結果と考えられる。

5.故郷の形成と地元志向

このローカリティは故郷や地元と呼ばれる地域性である。会報を用いて長野県の同郷会の歴史を調査した成田(1998)は、同郷会が「郷里」の範囲を定義するのに苦労した事実を報告し、「故郷」の構築性を指摘した。「故郷は遠くにありて思うもの」というとおり、構成体としての「故郷」の成立は移動と密接に結びついている。故郷の外に出た同郷人によって、故郷は都市で構成された。南米移民を扱った前山(1996)は、移民が日本を離れて初めて日本人というエスニック・アイデンティティをもつことができたと指摘した。辻本(1998)は南米日系の人びとへの調査で、来日就労体験など新しい他者との出会いや社会的文脈の変化がエスニック・アイデンティティを変容させるとした。同様に、津軽の出稼ぎ者は近在の人びとのネットワークを通じて就労し再び地元に戻ることで、いつかは出稼ぎをしないで住むべき故郷(津軽地域ローカリティ)を意識のなかに構成したのではないだろうか。出稼ぎは地元(故郷、このあたり)と稼動先を往復する。その往復のなかで、地元自体が「意識構造」(バーガーP.L.,バーガーB.ケルナーH.1977、p15)として形成されたという視点である。
矢島は伝統型出稼ぎを村落構造に支持的に働くとした。一方、津軽の出稼ぎはそれを支える社会構造的な仕組みをもたない。むしろ、継続的な稼働実践がいつかはもどるべき故郷自体を意識構造に形成し、その構造を支えるように「安全で明るい出稼ぎ」対策と名づけられた地元側での各種制度的支援が実施され、マス・メディアでは「出稼ぎ必要悪」言説の定着(作道、2008b)が進行していった。換言すると、「ホールドとしての出稼ぎ」とは稼働実践が故郷(地域、地元とさまざまに呼称される)を作り出してきたという仮説である。

<注>アパデュライ(Appadurai,A. 1996)は、「転地や脱領土化を強いられ、短期的にしか定住しない人びと」が国民─国家の枠組みをこえて流れる光景を民族的スケープとよんだ。このスケープに現れる人びとは、国民ー国家の枠組みを超えて─たとえば、地方と中央、農村と都会といった区別の背後にある枠組み─移動し、居留している。彼は、この光景を「近接」(neighborhood)と「ローカリティ」(locality)という概念を用いて描き出す。近接は、ローカリティが現実化される社会形態であり、「比較的安定した組織や、認知され共有される程度が比較的高い歴史、集合的に考察され解読可能となった空間や場所によって構成された生活世界」である。ローカリティとはそれ自体、不可視で、生活世界の営みを意味あるものにし人びとを関係づける文脈として近接の背後にある。それはたんなる解釈の枠組みにとどまらず、同時に感情の構造を有する(アパデュライ、1996、pp317-353)。都市への移住者は都市での見知らぬ人びととの生活世界に生きながら、故郷というローカリティを背後にもつ。彼らは故郷が悪く言われると、怒りを覚えるだろう。地域振興や村おこしのさまざまな努力や工夫(たとえば、大川、2004、pp52-59)はこのローカリティをいかに見いだし(ときには作り出し)、継承していくかという問題とみなすことができる。

6.研究会での検討(抄、順不同)
 参加者のコメントをまとめた、発表者の今の感想を付した。
1)出稼ぎも(炭坑出稼ぎもそうだったように)家の門をはいるまでシングルライフではないか。
作道:たしかにそうだ。そういう視点でみると、ライフサイクルの標準といわれるのが都市給与生活者にあることがわかる。故郷からの一時的なアジール(避難所)としてあった場合もある。
2)中部山岳地帯ではもう戻る家がないので、戻れない。
3)Labour circulationとしての出稼ぎ。定期的に帰るのはなぜか。migrationではない理由。
作道:ずばりこれという要因としてはあげられない。出稼ぎという形態があたりまえとして生活世界に埋め込まれたプロセスを提示することができるだけ。言説として「出稼ぎ=必要悪」が定着したことはいえるのではないか。出稼ぎは行きたくないが仕方なしにいくものだ、という言説は、出稼ぎに出やすくするaccountになる。
4)相続システムとのかねあい。出稼ぎには次三男層が多いのか。
作道:高度経済成長期初期にはそういわれていた。しかし、昭和40年後半からはかならずしもそうではなく、長男でも出稼ぎというのがふつうになった。農家の減少と時期を同じくする。
5)結婚は出稼ぎ先での人とするというのが多いのか。
作道:少なくともこの世代の対象者(大正末期・昭和初期)にはいない。ひとり戦時中の徴用で名古屋に出たときに知り合った人と結婚した例があるだけ。みな時期が来ると故郷で嫁探しをしている。
6)中国では必ず夫婦出稼ぎが多い。極端な性別分業、あるいは世代間分業ではないか。
作道:そういう見方はしたことがなかった。世代間分業(農業に組み込まれた)であったことはたしか。また、女性の出稼ぎで、中年期以降のそれは家庭での夫とのトラブルを避けて・・というケースがある。
7)移動による生活維持戦略。南の島でも「生き方をロンダリング」するタイプの出稼ぎはある。
作道:「生き方ロンダリング」。自分もしてみたいが、この言葉いい。
8)エチオピアでも、文字を知らない若い女の子が軽々と中東へ旅立っていく、その外部に対する想像力はどうだろう。
作道:「声の文化」の、直接的な体験を第一とする身のこなし、ということかもしれない。

● 参加者の方々の発言で、気づかされることがおおく、有益でした。感謝申し上げます。

<引用文献>
アパデュライ、アルジュン 2004 さまよえる近代:グローバル化の文化研究 (門田健一訳) 平凡社
バーガーP.L.,バーガーB.ケルナーH. 1977 故郷喪失者たち:近代化と日常意識(高山真知子・馬場伸也・馬場恭子訳) 新曜社
Ferguson,J. 1999 Expectations of Modernity: Myths and Meanings of Urban Life on the Zambian Copperbelt, University of Calfornia Press.
石井宏典 1993 職業的社会化過程における「故郷」の機能: 生活史法による沖縄本島一集落出身者の事例研究 社会心理学研究 第8巻第1号 pp9-20.
前山隆  1996 エスニシティとブラジル日系人 御茶の水書房
松田素二 1996 都市を飼い慣らす 河出書房新社
成田龍一 1998 「故郷」という物語:都市空間の歴史学 吉川弘文館
大川健嗣 1978 出稼ぎの経済学 紀伊國屋書店
作道信介 2008a ホールドとしての出稼ぎ:A集落の生活史調査から 山下祐介・作道信介・杉山祐子編著『津軽、近代化のダイナミズム:社会学・社会心理学・人類学からの接近』 御茶の水書房 99-126.
作道信介 2008b 津軽の「出稼ぎ」編制:地元新聞にみる出稼ぎ言説の分析 山下祐介・作道信介・杉山祐子編著『津軽、近代化のダイナミズム:社会学・社会心理学・人類学からの接近』 御茶の水書房 335-378.
作道信介 2008c 近代化のエージェントとしての出稼ぎ:記録にみる周縁地域の意識構造の変容 山下祐介・作道信介・杉山祐子編著『津軽、近代化のダイナミズム:社会学・社会心理学・人類学からの接近』 御茶の水書房 423-461.
辻本昌弘 1998 文化間移動によるエスニック・アイデンティティの変容過程: 南米日系移住地から日本への移民労働者の事例研究 社会心理学研究 第14巻第1号 pp1-11
渡辺栄・羽田新 1987 『出稼ぎの総合的研究』 東京大学出版会
山下祐介 2008 急速高齢化の人口分析 山下祐介・作道信介・杉山祐子編著『津軽、近代化のダイナミズム:社会学・社会心理学・人類学からの接近』 御茶の水書房 53-97.

 
● コメントがありません。
このアイテムは閉鎖されました。このアイテムへのコメントの追加、投票はできません。
Page Top

Global Navigation

AACoRE > Projects > シングルと社会
ILCAA