活動記録/Activities

第1回研究会
日時 2007年4月29日 13:00〜18:00
場所 東京外国語大学 会議室 302

プログラム
発表者1 椎野若菜
題目   「研究の目的と研究方針について」

発表者  全員
題目   「個々のフィールドにおける「シングル」研究の可能性」


【報告などの要旨】

1. 研究の目的と研究方針について
      「やもめの人類学」から「「シングル」の人類学」へ
                       椎野若菜

                   
 本研究の目的は、コミュニティにおける「シングル」の存在に注目し、その生き方の実態を通文化的に研究するものである。彼/彼女らがコミュニティにおいてどのような地位に位置付けられ、いかにして人間関係のネットワークを築いているのかを人類学的に明らかにしたい。こうした作業によって、これまで固定されがちでその多様性があまり検討されてこなかった「シングル」に対する現代的な意味を、文化人類学の視点から考察することをめざそうという目論見がある。初回であるため、プロジェクトの企画内容とその背景、また今後どのように共同研究をすすめていきたいかを現時点での方針を述べた。まず研究会構想の経緯として、私自身が博士論文で行った研究(『ケニア・ルオ社会における寡婦の民族誌的研究』)が前提にあることを概説した。 
 ルオの人びとの村落に住み込み調査をはじめ、寡婦という存在に注目すると、これまで民族誌でも画一的な文脈でしか登場しなかった寡婦が多層的、多面的人間関係のなかで生きるために、あらゆる戦術を用いて慣習を読み替え、利用しているさまがみられた。
 また彼女らのルオ社会における社会的位置をみると、ジェンダー関係、ステレオタイプが存在する。女性というジェンダー・カテゴリーのなかで「既婚/未婚女性」との関係において寡婦は存在する。同じく寡夫と男性というジェンダー・カテゴリーにおける「既婚/未婚男性」との関係性もある。くわえて、そうしたカテゴリーや関係性は、人間のライフサイクルにおける社会的地位の変化に応じて異なった様相をみせる。そして各々が自らの社会文化的状況におうじた生活戦術をうみだしているのである。
 近年の問題として、エイズの蔓延や未婚の母の増加という現象が、今後「レヴィレート」をはじめとするルオの慣習、社会的規範、理念、制裁とのかかわりでどのように変化していくのか?今後、彼女たちはどう生きていくのか、社会はどのように対処していくのか、引き続きみていく必要がある。
 本共同研究会では、以上の研究経緯から、次なる問題系へと広げていく。対象は「シングル」、すなわち単身の人である。いずれかの社会を機軸にしたとき(多くの場合は出身社会)、その社会規範や「理想像」から「外れている」「外れた」「外された」人、のことである。こうした人びとは、同じ境遇の人と集団をくむこともある。「パラサイトシングル」の「シングル」のように、必ずしも結婚という制度を前提にその有無で範疇化するものではない。たとえば、どのようなシングルが考えられるかというと、(生きている人との)結婚制度からはずれている人(寡婦、寡夫)、結婚経験はあるが、制度からはずれた人(離婚女性/男性)、結婚をしていない人(未婚男性/女性)など。日本におけるシングルの慣用的使われ方は、特定のパートナーがいない人、という意ではなかろうか。こうした用語は、いずれも結婚という制度が前提で使用されている。しかし、現実的にはそれだけではあらわすことができない。たとえば理想の家族像からはずれている人として、たとえば出稼ぎ者、出家僧、インドのヒジュラ、患者、ジェンダー規範からはずれている人としてヒジュラ、インドネシアのチャラバイ、労働にかんする社会規範にずれている人としてニート、浮浪、とされている人などがあげられる。また、老齢になり「家族」像からはずれている人は「孤独老人」などと呼ばれることも多い。
 問題は、「私は「シングル」である」という自認と、「あなたは「シングル」である」という外からの名づけである。既存の社会規範から外れているという状態は、外からの圧力を生じ、それにたいし自らもストレスを感じているものである。そうした境遇を個人はどのように対処し、また、社会はそれをどう受け止める準備があるか。民法もしくは慣習法上では親族関係を保っているようにみえても、物理的にひとり、精神的に疎外されひとり、はありうる。そうしたストレスを社会はどのように掬い取れるのか。
 研究のキーワードとしては、「シングル」のほかに、個人、セルフ、ネットワークなどが想起され、これらの関係性の図を描くとしたら、3次元くらいになると考えられる。人類学における個のあつかい、またモースのmoiとpersonneをはじめ社会学、家族社会学、福祉社会学、哲学など隣接諸学問との関連、そして「負け犬」論、「おひとりさま」などにみられる現代日本についての研究等、諸分野の議論を参照しつつ、主に社会学がつくりあげた既存のシングルのイメージを瓦解するような、各フィールドから「シングル」を考えていきたい。

2.「シングル」研究のアプローチ
 参加者がそれぞれの研究対象、調査地においてどのように「シングル」を考えていくか、現時点での考えを述べた。ここでは、レジュメをもとに口頭発表した5名の概要を紹介しよう。

(1)「シングル」という概念とインドのヒジュラ(國弘暁子)
 調査対象である、インド北西部、グジャラート州のヒジュラ(hijra)とは、男性としてこの世に生を受け、女性の装いであるサリーを身にまとい、ヒンドゥー女神の帰依者として、俗世界の人々に乞食(こつじき)を行い生きる個人、およびその全体を指す名称である。ヒジュラとなる者たちの大半が成員の手による去勢儀礼を経る。一般の男性や女性と異なる外観を呈し、しばしば強引な乞食を行うヒジュラは、人々から不快な存在と見なされ、また嘲笑の対象ともされる。
 「シングル」という概念によってヒジュラを捉えると、まずは親族の帰属から脱却した存在を意味する。つまりはグジャラートのカースト社会で重視される、男女の性の営みにより親族を持続させるという、親族男児に課せられた義務を放棄するからである。だが現世放棄の観念からすると、女神への帰依者として、女神の恩寵(力)を人々に授け、親族を持続させようとする人々の願いを叶える役割を担う。つまり、カースト社会の規範から、個人(シングル)としては逸脱しながらも、外部からその規範維持に貢献する立場に己を昇格させるのである。
「シングル」概念の応用の可能性としては、あるひとつの主軸から外れた個人(シングル)が、それぞれの社会関係において、どのような生き方を選択、あるいは強いられるのか、また、どのように表現されるのか?ということである。

(2)「シングル」と社会(植村清加)
 フランス・パリ地域のマグレブ系移民およびフランス育ちの人々が構築する関係性の研究を行っている。調査方法が、組織や地域を入口にしているのではなく、人を入口にしているため、個人の語りや実践がフィールドと関わるベースになっている。そこから、家族、コミュニティ、アソシエーション、カフェなど、多様な場で展開する社会関係のなかでの実践と、それらの使い分け、ふるまい変更、などがどのように営まれるかということをみてきた。そうした調査方法であることからも、「シングル」を単身生活者と捉えるというよりは、人々が個(や孤)を、つながりのなかでいかに生きるか、というあたりから考えてみようと思っている。

(3)「「シングル」へのアプローチ・研究対象・今後の予定と、今の抱負」(田所聖志)
 「シングル」とは、広い意味での「ひとり暮らし」というニュアンスがある。海老坂によると、結婚を念頭に置いた「シングル」、すなわち、たまたまひとりの「状況シングル」、結婚したくない「正統派シングル」、高齢者シングルなどがある。より広く「シングル」を概念化する必要性があろう。さしあたりの仮説的な定義として、制度化や規範から離れたところで営みをする個人、であろうか。lこれは「ひとりでいること」と同義ではない。では、「ひとりでいる」人たちとは、対象社会ではどういう人たちか?調査対象である、パプアニューギニア、ガルフ州、テワーダ(Tewada)社会を事例に考えていきたい。

(4)「シングル研究の射程―フィンランドにおける老人の独居―」(髙橋絵里香)
 フィンランドでは、高齢者の多くが子世代とは別居している。その為、配偶者との死別後は独居を続ける例が一般的である。無論、自立生活が困難になればケアつき住宅や老人ホームへの転居が行われるが、相当程度に痴呆が進んでいる場合でも、ホームヘルパーの支援により独居を続けているケースもある。
 子供世代による親の介護は「義務」ではないことが、フィンランドの法律には明記されている。フィンランド社会における「美徳」とされる事象と、90年代までの北欧型福祉国家と呼ばれるシステムが、国家と個人の間に存在する地域共同体、家族といった集団を解体する方向に動いてきた現実などをふまえ、規範としての子世代との別居と、その「代替物」としての行政サービスの差異がもたらす相克について、国家と個人の関係を問い直しつつ考えていきたい。

(5)「パプアニューギニアにおける「シングル」性の出現―日常的生活世界と法の世界を往還する女性たちの事例から―」(馬場 淳)
 パプアニューギニアの都市部と地方(島嶼部)を対象に、シングルペアレントが扶養費(自らの生活費や子どもの養育費の総称)を求める裁判について研究してきた。この扶養費請求訴訟は、貨幣経済が浸透する地域社会の日常を生きるための「道具」となっている。本研究では、この成果を踏まえ、日常的生活世界と法(裁判)の世界を往還する女性たちの実践を具体的に検討し、その上でパプアニューギニアにおける「シングル」性の発現をみてみたい。

 ほか、参加者であった森明子(対象地域:オーストリア農村)、宇田川妙子(対象地域:イタリア)、田中雅一(対象地域:インド)、八木祐子(対象地域:インド)、岡田浩樹(対象地域:韓国)、棚橋訓(お茶の水女子大学、対象地域:オセアニア)、石井美保(対象地域:アフリカ)、細谷幸子(対象地域:イラン)がそれぞれフィールド経験から「シングル」研究とのかかわりを述べた。ここで明らかになったのは、それぞれがもつ「シングル」概念、視点の違いである。今後、さまざまな角度から議論を重ねて、ある方向性をつくっていく課題がみえてきた。今後は、本プロジェクトのHP上でも積極的に本研究に関連する議論と知識と情報の共有をはかり、活気ある共同研究を行っていく予定である。(椎野若菜)
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